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厨子の紹介

三重県有形文化財指定・伊賀市文化財指定  木製黒漆塗彩絵厨子

平成21年3月11日
木製黒漆塗彩絵厨子が三重県有形文化財指定に指定されました。

御札、お守り等の販売はしておりません。

種    別 : 有形文化財(工芸品)
名    称 : 木製黒漆塗彩絵厨子
作    者 : 不明
製 作 の 時 代 : 南北朝前後
寸    法 : 屋根  25.0cm×22.2cm

軸部 20.3cm×17.5cm
基台 23.0cm×20.3cm
総高 28.2cm

厨子裏の刻銘と陶製本尊の中に納められた文書によると、石幡勝土が天保八年(1837)に購入して京都の覚寿院に寄付し、1945年に三田禅寺の先々代住職が引き取り本堂に安置したと記されています。


品質及び形状

小型の木製黒漆塗の春日形厨子である。軸部上縁の欄額は横盲連子で、下方は基台上・下框の間の各側面に二つの格狭間を透かし、その内部は縦盲連子とされています。
正面扉は定規縁観音開きで、側面は奥半分を板壁とした片開き扉とし、装着の金具はすべて金銅製で、蝶番は猪目透かし花先型です。

基台底部四隅に残るほぞ穴の形跡から、もとは刳り形脚を設けていたと想定されます。
内部には金箔、截金を併用した極彩色の彩絵を書きあらわします。
正面扉と左右の一間扉には二十八部衆を各七体ずつ書き分け、奥壁と左右側壁には海中に浮かぶ補陀落山を表し、底面にもこれに連続する海波を描かれています。
八葉蓮華をかたどった天蓋が描かれるなど、入念な浄土空間が表されています。

画賛、奥書、銘文

厨子裏に石嶋勝士が天保八年(1837)に厨子を購入し、中谷盂成追善供養のために京都の覚寿寺へ寄付した旨が書かれています。

また、現在の陶製本尊の中に文書が入れられています。
そこには昭和二十年(1945)に先々代の住職百南義貞氏が三田寺へ安置された旨を記しています。


所 見

彩絵で観音浄土の荘厳のさまを表現し、内部安置の当初の本尊は観音像であった可能性が高いです。

南北朝期の小型の観音厨子は全国的にも数が少なく、内面の彩絵は洗練された格調の高い本格的な絵仏師の作であることを示唆しており、小形仏殿(厨子)の優品として貴重です。


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